2016年、こうの史代原作『この世界の片隅に』が映画公開されました。
主人公すずさんをはじめ、登場人物たちが戦時下という
過酷な状況ながらもいきいきと生きる姿に、時に笑い時に涙し、
言語や文化、そして思想を超えて多くの方々に届いた作品。
2019年、新たなシーンを追加し『この世界の(さらにいくつもの)
片隅に』として、再びスクリーンに帰ってきます。
どのアニメーション作品も、産声を上げる過程に
必要なのが「絵コンテ」の制作。
まだ色をつけず、勢いのある線で、生まれたての物語を1つひとつ紡いでいきます。
そんな未来にも残る名作の1コマを、
部屋のどこかに。
いまの時代を一生懸命生きる
あなたへの贈りものです。
スペシャルインタビュー
映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』
片渕須直監督に聞く
キャラクターの立体化と魅力とは?
こうの史代の原作漫画を、片渕須直監督がアニメ映画化した『この世界の片隅に』。
同作は2016年に上映されると、多くの観客の共感を呼び、大きなムーブメントを巻き起こしました。
そして2019年12月、未アニメ化だったエピソードも加え、新たな映画として生まれ変わった『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が公開されます。
本作の主人公は、広島市から呉市の北條家に嫁いできた18歳のすず。映画はすずの日常を描くと同時に、太平洋戦争の戦況の変化もまた浮かび上がらせていきます。
今回、リリースされたヴィネットは、このような大きな時代の流れの「片隅」にあった、ごく普通の人々の日常生活を描いた4つのシーンを立体化しました。
今回、劇中シーンの立体化にあたりご監修いただいた映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の片渕須直監督にお話を伺いました。
- 片渕須直 監督・脚本
- アニメーション映画監督。1960年生まれ。日大芸術学部映画学科在学中から宮崎駿監督作品『名探偵ホームズ』に脚本家として参加。『魔女の宅急便』(89/宮崎駿監督)では演出補を務めた。TVシリーズ『名犬ラッシー』(96)で監督デビュー。その後、長編『アリーテ姫』(01)を監督。TVシリーズ『BLACK LAGOON』(06)の監督・シリーズ構成・脚本。2009年には昭和30年代の山口県防府市に暮らす少女・新子の物語を描いた『マイマイ新子と千年の魔法』を監督。2016年、映画『この世界の片隅に』を発表。作品が高く評価されるだけでなく、自身も第90回キネマ旬報ベストテン日本映画監督賞、第59回ブルーリボン賞監督賞などを受賞。その手腕もまた高く評価された。
立体化と『すずさん』というキャラクターの『らしさ』
- この世界の(さらにいくつもの)片隅に』ヴィネットコレクションが11月に発売になります。監修をしていかがでしたか?
- 片渕:やっぱり、原作者のこうの(史代)さんが描いたすずさんって、普通のアニメのキャラクターとはポーズや体型が違うんですよ。そこに特徴があって。それが今回、最初にテストで作られていたすずさんって、もっとスラっつと立っていたりして(笑)。それでこちらからは「すずさんはもっと猫背なんです。猫背にすると、もっとすずさんになると思います」というお願いをしました。そうしたら、いい感じで出来上がってきましたね。
- すずさんというキャラクターはその姿勢がポイントなんですね。
- 片渕:そうです。逆に姿勢ぐらいで、あまり細々したことは言いませんでした。姿勢についてはこうのさんが、当時の日本人ってこういう感じだったんだ、おっしゃっているんですよ。だから単にすずさんというキャラクターがそうだっていうだけじゃなく、背中が曲がっていて、ちょっと首が前に突き出している人間を描くということは、その時代を描く上でとても大事なことなんです。それはこうのさん自身が意識して描いているところでもあるんです。ヴィネットだと立体ですから、背面側からも見ることができますが、背中側からこそ、すずさんの猫背の丸みがよくわかりますよね(笑)。あとすずさんの頭の丸っこい感じも、よく出ています。すずさんとのんちゃんのフィギュアが並ぶと、のんちゃんの頭がいかに小さいかが際立ちますね(笑)。
- 猫背以外に、すずさんというキャラクターのポイントはありますか?
- 片渕:耳の前に髪の毛がぴょんと飛び出しているところが、実はすずさんのポイントなんです。そこは造形する上では、難しかったんじゃないかと思います。すずさんは性格的に華奢な感じがある一方で、野太いところもあって、その両方ある感じは、今回のヴィネットでも造形的にちゃんと表現されています。
- 本編から4つのシーンが選ばれています。
- 片渕:こちらから「ここを選んでほしい」とリクエストしたわけではないんです。でもすごく的確なシーンを選んでもらっていますね。特に、防空壕の入り口で雨に濡れた髪の毛を絞っているシーンは、よくこのシーンを選んでくれたなと思いました。例えば、すずさんが晴美と呉港の軍艦を見ているシーンなんかは選ばれるのがわかるんです。あと、どういう料理を作ろうか献立を思案している部分も。でも防空壕のシーンは、思っていなかったのでうれしかったですね。
- 献立を考えているすずさんは、指を立てる独特の仕草が造形されています。
- 片渕:そうなんです。すずさんのお芝居のポイントのひとつが、この指を立てる仕草で。そういう意味でも、すずさんらしさが出ているシーンを選んでくれたなと思います。頭の中で段取りを考えたりする時に、指を立てて考えるというのがすずさんらしいと思ったので、映画では、原作に描かれたシーン以外にもこの仕草を取り入れています。
- あとのひとつが、スケッチをしているすずさんなので……
- 片渕:すずさんらしいところが一通り選ばれていますよね。これ以外で、なにか選ぶとしたら(義姉の)径子さんに怒られているところになっちゃうんじゃないかな(笑)。
- 今回、白色をベースにした「絵コンテバージョン」もリリースされます。
- 片渕:通常バージョンのほうは「よくこれだけ色がついているな」という出来栄えで、アニメより多少華やかな雰囲気になっているのもよいと思いました。逆に、絵コンテバージョンのほうは、逆に白の上に様々な色を想像する余地があるのがよいですね。
片渕監督と立体造形
- ちょっと話題が変わりますが、片渕監督は中学校時代、プラモデルに凝っていたそうですね。その後はいかがですか?
- 片渕:確かに中学時代はプラモデルに凝っていました。アニメーターの大塚康生さんの名前も、最初は模型雑誌で「MAX模型の大塚康生」として知ったぐらいです。でも模型を作っていたのは大学生ぐらいまで。最後に作ったのは、自主映画のための巨大宇宙船です。小さい模型だと細部にピントが合わないので、大きな模型を作ってそれを遠くから撮ろうとしていたんですが、完成させることなく、そのままアニメの現場で働くことになっちゃいました(笑)。あとは海外に行くと、陶器でできた小さい家の置物を買ってくるぐらいですね。並べるとちょっとした街のようになって楽しいんです。
- アニメの制作現場で立体物を活用するようなことはあるのでしょうか?
- 片渕:作中に出てくる建物を把握するために、ダンボールで立体を作ったりはしています。『名犬ラッシー』の時は、主人公ジョンの家をダンボールで仮組みしましたし、『アリーテ姫』の時も、アリーテの部屋のある塔や、彼女が閉じ込められる竪穴型の部屋を作ってみました。『この世界の片隅に』でも、防空壕の入り口の構造を確認するため、ダンボールを使って入り口を作りました。実際に作ってみると、建物のカーブの部分の曲率が実感できたり、空間の様子を体感することができるというメリットがあります。
- 『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』に続いて立体化になったらうれしいものというのはありますか?
- 片渕:『アリーテ姫』は公開後に、浦谷(千恵)さん(『アリーテ姫』の画面構成・作画監督補、『この世界の片隅に』の監督補・画面構成)が粘土をこねて、フィギュアを作ろうとしていたことがあるんですよ。それは結局、完成しなかったんですが『アリーテ姫』関係の立体物は見てみたいです。あと『マイマイ新子と千年の魔法』の世界が、ドールハウスのサイズで立体化されたらおもしろいんじゃないでしょうか(笑)。
- 完成したヴィネットを見ての感想を教えてください。
- 片渕:自分の場合、立体物を見ると、そのまわりになにがあるのだろうかと想像をしてしまうんです。だから、すずさんの立体を見た時に「まわりに戦争があるんだな」となるかどうかが興味がありました。それで、実際に出来上がってみると、むしろ「戦争がある」というよりも、「すずさんのまわりには、すずさんの世界があるんだな」ということが感じられて、それがよかったです。戦争中の人をそのまま立体にしたわけですから、本当は“夢”とかそういうものを考えられる余裕はないはずなんです。でも、すずさんというキャラクターを見ると、その場面場面ですずさんが思っていた“夢”や“明日”というものが感じられるんですね。それは本当によかったですね。ヴィネットを手にした方も、そんなふうにすずさんのまわりになにが広がっているかを想像していただければうれしいです。
インタビュアー・構成・執筆 / 藤津亮太